ベルナベウに魔法がかかった夜。
狙い通りに試合を進めていたPSGほんの僅かな綻びを捉え、20分足らずで全てを変えた。
■マドリーの先発メンバー
GK:クルトワ
DF:カルバハル、ミリタン、アラバ、ナチョ
FW:アセンシオ、ベンゼマ、ビニシウス
57分:アセンシオ→ロドリゴ、クロース→カマビンガ、66分:カルバハル→ルーカス・バスケス
アラバはいつも通りセントラルで、ナチョが左ラテラルに。
カゼミロを欠く中盤ではクロースがピボーテの位置に下がり、バルベルデが先発。
■PSGの先発メンバー
GK:ドンナルンマ
DF:アクラフ、マルキーニョス、キンペンベ、ヌーノ・メンデス
MF:パレデス;ダニーロ、ベラッティ
FW:ネイマール、メッシ、エンバペ
71分:パレデス→グイェ、81分:ダニーロ→ディマリア、88分:アクラフ→ドラクスラー
前線のみ第1戦と変更。ディマリアがベンチスタートとなり、ネイマールが先発に名を連ねた。
経緯をおさらい
第1戦はPSGが1-0で勝利している。
マドリーは下がって受ける形を選択したものの、PSGのプレスによって苦しい組み立てに終始。雑なロングボールが増えてビニシウスを生かすこともできず、枠内シュートなしで終わってしまった。
後半は多少盛り返したものの、チャンスに繋がる攻撃が全くできなかったことから、良い攻撃をするため前線のプレスを積極的に行う形へ修正。
リーガ3試合で実践し、先日のラ・レアル戦では幸か不幸か早々に先制を許したこともあって、追いかける展開でのプレーを確かめつつ4ゴールの結果も出すことに成功していた。
両者の考え方
マドリー
マドリーはリーガで手ごたえを得ている前から追って攻撃に繋げる形が狙い。
バルベルデが間に合ったことで、インテリオールの運動量を高めることができる。
上の記事でも述べたように、マドリーが前からのプレスで完璧に相手をはめるのは難しい。
実際ラ・レアルにもやられていたし、PSGレベルであれば相応にかいくぐられてエンバペにゴール方向にプレーされることは想定済み。
それは後方が少数で何とかするとして、自分たちが攻める回数を増やしたい意図がある。
第1戦はそういう変化を起こさないとゴールに迫れない印象であったし、ゴールを取れなければ敗退してしまうのだから、妥当な修正である。
PSG
一方、リードを得ているPSG。
直近の試合を見て、マドリーがこうしたスタイルで来ることは分かっていただろう。
第1戦はメッシが関与しないのを巧妙に隠すプレスでマドリーを圧迫したが、リードを得た状態ならそれは必要ない。
何とかしたいマドリーが統制の取れない守備をした時にカウンターを狙えばチャンスはあるし、押し上げてしまえばマドリーの攻撃は遅く鈍くなるのだから、この形を基本に。
前から追うのではなく、下がって守り前線のカウンターの威力を高める選択は、ディマリアではなくネイマールが先発となったことに如実に表れていた。
実際は…
こうした両者の意図によって実際の試合は次のようになった。
マドリーの組み立てが安定
PSGの守備が来ないので、マドリーの組み立てが安定。
ピボーテ起用されたクロースは第1戦のように常にマークされることがなく、最終ラインに下りる形でポゼッションを落ち着かせることができていた。
そこで砲台となってロングボールをどんどん通すかというとそうではなく、モドリッチらとの近い関係でボールを動かす場面が目立った。
守備が来なければ彼のパス精度は期待できるが、一発を狙ってばかりいると押し上げられず前からプレスに行けないことから、全体で押し上げようとしていたように見受けられた。
目立つエンバペ
PSGがマドリーの守備を剥がせた時は、エンバペが中心となったカウンター。
広大なスペースがあるところで走れるので、長所が遺憾なく発揮されていた。
2枚を目の前に置いて、さらに後方からベラッティが挟みに来るビニシウスと違い、自分の得意な形で勝負できているから、序盤から何度も決定機を生み出すことに。
ただ、先述の通りマドリーとしてはこれは織り込み済み。
彼の突破を同数や数的不利でも凌いでチャンスを作ることを優先したのだから、「やられているのでやっぱり下がります」という選択肢はマドリーにはなく、この形は耐えるしかない。
より利益を得たのは…
この展開はPSGにとって狙い通り。
アウェイゴールがないとはいえ、先制してしまえば余裕は出てくるし、攻めの鋭さは勝っていたから、出てきてもらって仕留めることは可能性が高そうに見える。
しかし、第1戦のような守備の圧力を受けず、3枚プラスアルファが攻めに出てきてくれると攻めるスペースができるので、マドリーにとっても都合がいい。
攻撃することがそもそもできない流れに持ち込まれたら、時間経過とともに苦しくなっていったところだ。
攻めに出てきてくれる展開でより利益を得たのは、得点が必要なマドリーであったように思う。
引き付けて攻める意識によって、マドリーの前線のプレスを引き付ける形が重視されることとなり、決壊のきっかけとなる1失点目に繋がったというのは穿ち過ぎだろうか。
PSG先制も追加点はなし
先に狙いが当たったのはPSG。
39分、カルバハルが中へ持ち込んだところを奪い、ネイマールが既に左サイドを走っていたエンバペの前方へパス。
追いついたアラバがファーのコースは切ったので、エンバペの選択はニア。クルトワの手が間に合わない速さのシュートを突き刺した。
カルバハルが高い位置に出ており、しかもサイドから離れたタイミングで、彼の空けたスペースをうまく使われた。
カルバハルのリスクを負うプレーが裏目に。
この後、何とか凌ぎ続けた守備陣の踏ん張りは素晴らしい。
アラバとミリタンの連携は互いへの信頼が感じられたし、久しぶりの先発となったにもかかわらずナチョは淡々とラテラルの仕事をこなした。
カゼミロとメンディの穴を感じられなかったといえば嘘になるが、エンバペが担うフィニッシュのところを抑え切ったことで可能性を繋げたのだった。
両者形を変えず
追加点の雰囲気がありつつ決め切れなかったPSG。
それでも2点リードがあるので、ディマリアを入れて前線の守備強度を高めておく手はあったかもしれない。
時間経過とともにメッシが中盤に下りる機会が目立っていて、無理しなくて良いところで無理せずポゼッションしてマドリーをいなしたい意図が感じられたものの、全体の形は変わらず、攻められる時は攻めに出てきていた。
追加点の可能性が見えなければ、先に守備的に変化していたのはPSGになっていたかもしれない。
だが、メッシとネイマールが支えエンバペが仕留める3トップがまだ輝きそうだったことで、逆に締め時を失ったように見えた。
マドリーは、ボールタッチが良くなかったアセンシオと、負傷明けのクロースを諦めてロドリゴとカマビンガを投入。
それぞれ守備強度は高くなり、より走れるので、やり方は変えずに行こうというメッセージ。
そして61分。
ついにマドリーが叩き続けていた扉が開いた。
1点目を考える
バックパスに対してのベンゼマのプレスを引き付けようとしたドンナルンマのファーストタッチが詰まったことでベンゼマが間に合い、パスミスを誘発。
拾ったビニシウスがポジションを取り直したベンゼマに戻して、1点を返した。
ベンゼマ単独ではなく、ビニシウスもついてきていたことで生まれたゴールで、みんなで前から行く意識が報われた。
ドンナルンマの意図は推測するしかないが、この試合で長いボールを蹴ることはほとんどしていなかった。
マドリーの守備を前に誘き出せば3トップが伸び伸びやってくれる、というチームの狙いからすればその通りなのだが、最近のリーグアンでも同様の傾向だったとのことであるから、セービングだけでなく、繋ぎも意識してやろうとしていたのかもしれない。
実際、最近のリーグ・アンを観てる人ならわかるだろうけど、伏線はあった。
— クレナイダー (@lockon_cc07) 2022年3月9日
ドンナルンマがやけにビルドアップでの繋ぎに拘ってたんだよ。
無駄に寄せを引きつけたりして、今までたまたま剥がせてたからいいものの、今日それが見事に出た。#RMPSG #Donnarumma
PSGはCLこそドンナルンマが継続して起用されているものの、リーグアンではナバスとの併用が続いているようである。
ポジション争いがあって評価を高めなければならない状況で、繋げばチャンスになり得るのに蹴りだすことしかできないという印象が生まれるのは彼にとってはまずい。
チーム状況からも、彼がロングボールを蹴ることは優先されず、ましてやサイドやコーナーに逃げることは選択肢にもくなっていたのではないかと想像する。
一気にいけた訳
1点目から2点目までの時間は15分余り。
ここでポチェッティーノが交代で締めにかからなかったのはマドリーにとって幸運だった。
パレデスをグイェに代えたのは守備の意図があったからだろうが、単純な置き換えよりも、前線の面々を下げてブロック形成を優先する方がマドリーとしては嫌だった。
前線を代えなかったのは、ダメ押しの3点目を取るためであろう。また、政治的に3トップを外せないということもあったのかもしれない。
いずれにしても、基本的に評価が辛いベルナベウを味方につけて積極性を増したマドリーを押し留めるには、この構成は厳しかった。
2点目の起点となったのはネイマールのパス。
PSG左サイドに出ていた彼から中へのパスをモドリッチが読んでカットすると一人で持ち上がり、左を走っていたビニシウスへ。
エリア内に持ち込んで一度詰まるものの、挟みに来たベラッティが届く前にモドリッチへ戻し、ベンゼマへスルーパス。
ラインとの勝負に勝ったベンゼマが決め切った。
中央に戻すところを簡単に取られて、速攻の核となるプレーヤーに前を向かれるというのは、PSGの先制点に近い。
PSGが出てきてくれていたからこその速攻で、この試合当初からの意識がなければこうはなっていなかっただろう。
何度もスペースがあるプレーができたエンバペに対し、2枚3枚に見られて試合から消されていたビニシウスだったが、ようやく得意な形で受けることができ、そのワンチャンスを生かした。
直後のキックオフ。
PSGのパスを引っ掛け、ビニシウスがまた前へのプレー。マルキーニョスが抑えるも、繋ごうとしたボールをベンゼマが読んで右足アウトでダイレクトシュート。
ドンナルンマが届かない軌道でサイドネットに収まった。
マルキーニョスもドンナルンマと同様、繋ごうという意図があったからこそのボールタッチだったように思う。
彼でさえそういう判断をしてしまうのがこういう展開の怖いところで、マドリーが得意とする点。
行ける時は相手のレベルを問わず呑み込んでしまうのだ。
ポチェッティーノはここからディ・マリア、ドラクスラーを出すも時すでに遅し。
エンバペにやられそうになった時にカードで止められるよう、既に警告を受けていたカルバハルをバスケスに代えたアンチェロッティの締めは的確。
ボールを持ったらファールをもらって時間を使い、試合を終わらせた。
最後に
マドリディスモとはこういう試合において現れるもの。
PSGが個々の判断によって自滅した部分があるのは確かだが、マドリーはその利益を最大化して結果に繋げてしまった。
第1戦終了時にはちょっと想像しづらかったベスト8に進出。
リーガに多少余裕があるから、CLに向けてコンディションを整えていってほしい。
運よくリードできても、以降の相手に対してただ下がるだけでは難しくなってくる。この試合で見られたように、自分たちも相手に脅威を与えられる形を使っていってほしい。
取りこぼしそうなタイミングと相手ではある。良い結果が続くよう期待したい。