マドリーは決勝をプレーするのではない。ただ勝つのみである。
劇的な展開で勝ち上がったトーナメントとは一転、しぶとく強かに90分を戦って、最高の結果を手にした。
「らしい」という印象はその通りで、勝ち切るのがマドリーなのだが、それで終わってしまっては面白くない。
今シーズンの変遷を踏まえつつ、マドリー側から振り返ってみたい。
■マドリーの先発メンバー
GK:クルトワ
DF:カルバハル、ミリタン、アラバ、メンディ
MF:カゼミロ;モドリッチ、クロース
86分:バルベルデ→カマビンガ、89分:モドリッチ→セバージョス、ビニシウス→ロドリゴ
アラバは何とか間に合った。唯一選択の余地があった右エストレーモはバルベルデに。
■リバプールの先発メンバー
GK:アリソン
DF:アレクサンダー=アーノルド・ファン・ダイク、コナテ、ロバートソン
FW:サラー、マネ、ルイス・ディアス
65分:ルイス・ディアス→ジョタ、77分:チアゴ・アルカンタラ→フィルミーノ、ヘンダーソン→ナビ・ケイタ
チアゴ・アルカンタラに負傷欠場のうわさがあったが、先発。
前線はマネが中央でルイス・ディアスが左。
不安な受ける形
マドリーは4-1-4-1で下がって受ける形。
リバプールが前からボールを取りに来ることは明らかだったが、モドリッチとクロースが下がり、クルトワも組み込んで低い位置から繋ごうとしていた。
こうした形を今シーズンどこで見たかというと、PSGとの第1戦が思い浮かぶ。
ただリバプールがPSGと違うのは、プレスに参加することを計算できないメッシがいないという点。
パリはメッシのデメリットをうまく隠してプレスを実行していたが、リバプールはそうしたことを考える必要はない。前線3枚にインテリオールが加わった4人でマドリーの選択肢を奪っていた。
ボールを運ぶポイントだったビニシウスを消されることで、こうしたカウンターの限界を既に突き付けられていた。その後ややオープンな展開を志向するようになり、シーズン後半を走り切っている。
守備を優先して考える試合とはいえ、シーズン中に一度対策を打たれてしまっている形への回帰であるから、不安がないわけではなかった。
実際、蹴りだす形に追い込まれることもしばしば。
支配率はほぼ同じといっても、ボールを持っているエリアで言うと7割くらいは自陣に押し込まれ続けているような感覚で、あまりメリットを得られていないのではないか、という印象であった。
頓挫からの進歩
ただ、PSG戦の頃から変わっていた点もある。
1つ目はカルバハルの復調。
守備では対面するルイス・ディアスに問題なく対処できており、1対1でやられそうな場面はなかった。
攻撃でも、彼にボールが入ってモドリッチやバルベルデが近い距離にいれば、リバプールの前線の守備を剥がることが多かった。リバプールもそれをわかっており、カルバハルにボールが入らないよう、追う方向に留意していたように見受けられた。
元々サイドのプレーヤーではないから、本職に比べると…と思う場面がないわけではないが、守備参加は手堅いし、苦しい時にボールをゴリゴリ運んでくれる。
PSG戦ではアセンシオが先発したものの、彼が生きるより手前のフェーズで攻撃が頓挫してしまっていた。
そのフェーズで生きる、無理が利くプレーヤーとして地位を確立したバルベルデが入ることで、「ビニシウスが抑えられてしまうとボールが運べない」という心配は無用に。
その後の変化が容易であることもバルベルデ先発のメリットで、より攻撃的な形にしたい時には、ロドリゴやアザール、アセンシオらから選んで入れ替え、バルベルデをインテリオールに移せば良い。
慎重に入りたい試合の先発を選ぶなら、現有戦力ではバルベルデが競争から抜け出した感がある。
こうしたことから、マドリー右サイドはPSG戦当時と比べて改善。
バルベルデが運んで左に展開しようという形で、前半のうちから何度かチャンスになりかける場面は作ることができていた。
ビニシウスが警戒されていても右サイドから解決策を見出せそう、というのは今シーズン後半に得られた進歩と言えよう。
流れはリバプール
リバプールは前半、ヘンダーソンが大きく開いて参加していた右サイドから良い場面を作っていた。
マドリーの側から見ると、完全に前残りしていたわけではないが、カウンターの主体となるビニシウスが深い位置まで確実に戻ってくるわけではなかったことから、リバプールに数的優位がある場面があったことと、メンディがうまくいっていなかったことがポイント。
こういう試合ではメンディには攻撃の期待はあまりない。まずしっかり守ってくれることを期待している。
だから、カルバハルなら運べたなという場面が出てくることは仕方ない。
その分サラーにもう少し難しいプレーを強いてほしかった。カルバハル対ルイス・ディアスに比べると、メンディ対サラーは主導権を握られていて、良い形で仕掛けていた。
試合を通してうまく勝負するタイミングを作られていたし、シュートに足を当てることもできていなかったのは残念。
中央のマネにも良い形でシュートまでやられていたが、クルトワがセーブしたことで、崩し切らないと点が入らないイメージはかえって強まったかもしれない。
より良いチャンスを作ろうと意識することで手数をかけてくれるようになれば、人を密集させて守れるしカゼミロの守備面での良さも発揮しやすい。
想定と運と
このようにして見ると、途中まではリバプールの思惑通りでもあったように思う。
一方でマドリーとしても、今シーズン既に経験している形で受けることを選んだ以上、ある程度ピンチの場面があってクルトワに頼ることや、なかなか出ていけないことは想定・許容していたと思われる。
ただし、エリア内で剝がされてシュートされる形までOKだったとは考えづらい。
全てクルトワが止めたという結果を知っているのでそう考えてしまいがちだが、21分のマネのシュートや34分のサラーのヘディングのようなレベルのピンチは、どれも入っていておかしくなかったシーンだ。
先制されなかったのはリバプールのプレーヤーのほんの僅かなシュート精度の差によるもので、マドリーの想定内とは言えないだろう。
試合の形は想定通りで、「プレスに引っかかってのショートカウンター」というような自分たちのプレーで回避できるリスクは回避できたが、リバプールの攻撃陣の能力によって良いシュートシーンを作られたのはまずく、入らなかったのは幸運だった。
マドリーからすると前半はそのように捉えられる。
「想定の上に少しの運が味方してのスコアレスだった」というのが妥当なところではなかろうか。
後半頭の調整と先制
後半に入って、マドリーは繋ぎの部分を改善。
前半を振り返ると、プレスは受けていたものの引っかかる恐れは少ないと判断したようで、リバプールの一列目の4人と中盤の間でクロースやモドリッチからのショートパスを受ける形を増やした。
また、マドリーも少し前から追うそぶりを見せるように。
想定していた試合展開とはいえ、前半シュート0で終わっていたこともあって、少しオープンな展開にしてチャンスを増やしたいようにも見えた。
今シーズン後半に見られたように、マドリーのプレスは相手を完璧に抑え込むような強度ではない。
相手にもスペースを与えつつ自分たちもスペースを得る展開になることが多く、守備としては最終ラインの個の能力によるところが多くなる。
これを続けると、既にチャンスが作れていたリバプールに決定機が増えることになって決壊するのではと懸念された。
しかし、前者の繋ぎの部分の改善によってマドリーが先制したことで、それは杞憂となる。
58分、カルバハルの後ろでボールを持ったモドリッチがロバートソンのマークを受けて下がりながらキープ。
ここでモドリッチはカルバハルへの縦パスを選択。カルバハルのところも狭かったが、脇にいたカゼミロに預けたことで前へのパスコースができ、右サイドのバルベルデへ。
カルバハルのサポートランを受けたことでファン・ダイクにクロスのコースを切られずに済み、シュート性のボールにファーでビニシウスが詰めた。
ポイントはモドリッチからカルバハルへのパスで、これは前半通りならセンターバックやGKに返してやり直すような状況である。
カルバハルが、リバプールの第一列の守備の後ろでパスを受けられるポジションを取ったことで、下げて蹴り出さずに打開することができた。
あまり触れられていないが、ビニシウスのシュートも簡単ではない。
バウンドしていてやや後方に来たバルベルデのボールに対し、右足で合わせて枠に飛ばしたのには、今シーズンのゴール前での成長を感じた。
元のプランに戻る
このゴールによって、マドリーは自ら出ていってリスクを負う必要がなくなった。よって、前半のやり方に立ち戻ることに。
チェルシー戦のように180分では油断が見られるマドリーだが、リードして内容は問われない90分では隙がない。
中央で寄せられずにシュートされる場面はリード以降はほぼなし。人数を多くして誰かがコースを消しに行く守備が徹底されていた。
よりゴールに近い位置で工夫する必要が出てきたリバプールはフィルミーノを投入。
改善を図るが、マドリーは先発メンバー以上のバランスはなく、最終盤まで交代せず。足がつったバルベルデをカマビンガに代えたのが86分だから、ほぼ先発メンバーでやり切った。
このあたりの選択にも、少数精鋭を好むアンチェロッティらしさが感じられる。
カウンターでとどめは刺せなかったものの、最終盤にリスクを負わざるを得なかったリバプールにも良い形は作らせず。
とにかくゴール前にボールを入れたい時間帯だったが、滞空時間が長いボールだとクルトワがキャッチできるために、ラフに蹴り込ませなかった。
直接のセーブもそうだが、こうした時間帯のプレー選択にもクルトワの存在感が大きく影響しており、納得のMOMであった。
最後に
決勝では妥当な選択とはいえ、シーズン中に一度止めている受ける形で試合に入ってやり切った。
先述したPSG戦ではビニシウスが抑えられて完封されたが、バルベルデに右サイドを任せることで次の手を打つことができるようになり、結果彼が決勝アシストとなったのだから面白い。
今シーズンの紆余曲折が現れ、そして報われたラストゲームだったと言えるのではないだろうか。
マドリーはリーガとCLの2冠。
アラバが復帰してベストメンバーで臨めた守備陣の奮闘なくして勝利はなかったのだから、結果としては良い方に転んだ。
リーガが早めに終戦となり、CL決勝までモチベーションが少ない試合が続いたので心配だったが、そうした懸念は当たらなかったことにほっとしている。
今シーズンはこれで終わり。
マルセロ、イスコ、ベイルの契約満了に伴う退団が既に発表されている。
来シーズンはどんなチームでどんなプレーが見られるだろうか。