クラブの状況には差があると言われている中の一戦。
とはいえ、こういう試合で大差がつくことはそう多くはない。最後まで緊張感を持った良い試合となった。
■マドリーの先発メンバー
GK:クルトワ
DF:ルーカス・バスケス、ミリタン、アラバ、メンディ
MF:カゼミロ;モドリッチ、クロース
72分:ロドリゴ→バルベルデ、87分:ビニシウス→アセンシオ、89分:バルベルデ→カルバハル
右サイドバックはバスケスに。中盤をお馴染みの3枚とし、前線はシャフタール戦で良かったビニシウスとロドリゴを起用。
■バルセロナの先発メンバー
GK:シュテーゲン
DF:ミンゲサ、エリック・ガルシア、ピケ、アルバ
MF:ブスケツ;ガビ、フレンキー・デヨング
FW:デスト、メンフィス、アンス・ファティ
46分:ミンゲサ→コウチーニョ、74分:アンス・ファティ→アグエロ、77分:フレンキー・デヨング→セルジ・ロベルト、85分:ガビ→ルーク・デヨング
ミッドウィークは先発しなかったファティが左サイド。セントラルはエリック・ガルシアとピケのコンビ。
マドリーの狙いは左
マドリーはミッドウィークのシャフタール戦を継承したメンバーだった。
やり方も近く、バルセロナが出てきたら早めにベンゼマに当てて両サイドを生かそうという狙い。
ベンゼマが下りて受ける時にエストレーモも下がっていては、ただ押し下げられただけになってしまうので、幅を取りながら裏を狙える位置を早めに確保する必要がある。
もちろん、バルセロナ相手にエストレーモが守備参加せずに4-1-2で守れると想定するのは見通しが甘すぎる。
アンチェロッティ「恐怖はポジティブな感覚だ。それがなければ猫と勘違いしながらライオンと戦うことになる。もちろん私には必要なだけの自信もある」
— 江間 慎一郎 (@ema1108madrid) 2021年10月24日
クーマン「私たちはホームで戦う。私に恐怖はないよ。私たちは恐れることなくプレーしなくては。勝利をつかむ意欲を最初から示さなくてはならない」
アンチェロッティがかく述べていたように、「猫だと思ってライオンと戦っていた」ということは避けなければならない。
だから、ビニシウスとロドリゴは守備時にはきちんとブロック参加し、4-1-4の形を維持していた。
マドリーは高い位置でのプレスは意図しておらず、バルセロナに出てきてもらってスペースを使おうという狙いだったので、ボール回収位置は低め。
そこからの速攻で両サイドがメインウェポンとなるためには、下がった位置から相手の最終ラインと勝負できるところまで素早く出ていく必要がある。
多くの運動量が必須であることはもちろん、タイミングを見計らうために頭も使わねばならないエストレーモは、重要かつ仕事量がとても多いポジションとなっていた。
決定力の向上を見せている左のビニシウスが裏狙いを見せることは、バルセロナの攻めを牽制する意味でも欠かせない。
うまくボールが収まった時の最初の狙いは彼で、一気に運んでもらって決めてくれればベストだし、そうでなくても少人数で攻め切るところまでやってほしいという要望によく応えてくれていた。
バルセロナの狙いも左
バルセロナの狙いも左サイドであった。
ファティはベストの状態ではないとのことだったが、ハーフスペースを使って深くえぐる形を作れるのは、いかにもバルセロナのカンテラーノといった印象である。
アルバもいるし、メンフィスもよく顔を出す左サイドは、バルセロナらしい崩しの「香り」を持っていた。
メンフィスがサイドに出ていくことで、誰が決めるのかという問題(マドリーにおけるベンゼマの出て行ったあと問題との相似である)はあって、それの解決もファティという感じになっていたから、今のままでも明らかに負担が大きい。
崩しの先はまだ整理できていないか、ファティの成長とコンディション待ちの部分なのだろう。
アグエロが万全ならまた違うのかもしれないけれども、今の形のままであれば、ファティへの期待と負担は更に大きくなっていくだろうと思われる。
それはさておき、マドリーでその左に対面するのがナチョではなくバスケスだったことで、バルセロナの左はやりやすくなっていた。
ボールを出し入れしながらエリアの幅で裏を取り、連動して入ってくるプレーヤーに合わせるようなバルセロナらしい崩しに対して、バスケスが普通のやり方で耐えられるかには不安があった。
しかし、ナチョではいかにも守備偏重となってしまう。
全体として受ける形を意図している中、サイドバックが出ていかないとなれば、嵩にかかって押し込まれてしまう恐れがある。
相手に考えさせるためには、通常のサイドバックと同じようなプレーをする余地を残しておく必要があったのだろう。
あとは人選で、バスケスだと少し怖いが、カルバハルをいきなり先発で使うのはリスキーだったので仕方なかった。
バルセロナの攻撃に相対した経験が多く、そもそも本職かどうかの差もあるのでカルバハルが使えればよかったのだが、いきなり先発復帰して負傷しましたでは元も子もない。
バスケスに何とかやってもらうしかないところであった。
付け合わせの違いに注目してみる
このように、互いに攻撃の狙いは左サイドだった。
ただ、メインの狙いだけでは全体のイメージはつかめない。
トンカツ屋においてトンカツがメインの料理であることは揺るがないが、付け合わせのサラダやみそ汁なども定食全体、ひいてはメインであるトンカツの味の印象の与え方に重要な役割を担うように、メイン以外の部分の出来不出来によっても、持つ力は変わってくるのである。
今回両チームに違いが見えた部分として、逆サイドである右サイドの状況について振り返ってみよう。
「バルベルデではなくロドリゴ」の意義
アンチェロッティが右のエストレーモにロドリゴを使ったことには大きな意味がある。
サイドに開いてボールを持っても効果的でないバルベルデの課題は、ロドリゴならある程度解決する。
これによって、右から攻めあがりビニシウスが絞ってフィニッシャーになる形を想定することができるようになるし、バルセロナにその対策を強いて左サイドの圧力を減じ、バスケスを助けることもできる。
先のアンチェロッティの発言に従うなら、1対1での守備に強さがあり、守備参加で問題を起こさないバルベルデが選ばれるはずだ。実際、これまではそうだった。
それをロドリゴの起用は、右サイドに置けるこの序列を覆すものだ。
アンチェロッティは序盤こそ攻撃的な形を採用していたが、失点が多いこともあって最近は中盤の守備を重視している傾向にある。
バルベルデ、カマビンガを両翼に置く形を採用したエスパニョール戦はその典型例だ。
これだと守備単体は計算が立つ一方、サイドで誰も仕掛けられずズレが生まれない問題があり、攻守のバランスという観点において収支はプラスになっていなかった。
ロドリゴは求められる守備参加をしながらディフェンスを外に縦にと引っ張る役割を担い、ボールを受けた際は相手に圧力をかけていた。
自身が主役となることはなかったが、攻撃における役割を果たし、右サイドに存在感をもたらしていた。
ほぼ使われなかったバルセロナ右サイド
昨シーズンの対戦でデストはビニシウスと対面し、スピードで互角に戦っていたから、できればデストをラテラルで起用したかったのではなかろうかと想像するが、前での起用となっている。
デンベレを怪我で欠いており、4-1-2-3にする時の代役の固定に苦労しているようで、クーマンの苦心が伺える配置である。
そういう選択だからというわけでもないのだろうが、バルセロナの攻撃は右サイドをほとんど使わなかった。
とにかく左、左で、右もあると見せることさえない、偏った攻撃となっていた。
81分ごろに表示されていた攻撃の回数では左14に対し右3であった。バルセロナの攻撃を如実に表している数字である。
互いに相手の良いところを素早く発見することくらい造作もないプレーヤーたちだから、時間とともに守備陣に狙いがばれていくのは仕方ない。
バルセロナの問題は、それ以外の場所で仕掛けて守備に対応させて、手薄なタイミングを作るということがなかった点なのだ。
狙いが分かっていて、しかもそこでしか勝負してこないのだから、当然マドリーの守備の対応は洗練されていく。
ファティのところで何度かチャンスはあったものの、バスケス、ミリタンだけでなくアラバやカゼミロもカバーに入って多い枚数で対応することができていた。
その結果、思うようなボールを蹴らせることなく、決定機の前に阻止できていたのである。
右からの形も見せられていれば、こうした守備に綻びが生まれるタイミングがあったかもしれない。
マドリーが右サイドに存在感を持たせることができたのとは対照的に、バルセロナの右サイドは付け合わせとしても物足りない内容で、メインの料理を引き立てることができなかったのだった。
組み立てから見る意図
マドリーの組み立てについても整理しておく。
シャフタール戦では、本来底にいるカゼミロが前に動き、モドリッチとクロースが下がって組み立ての安定感を生み出していた。
このようにカゼミロを除外して精度が高い2人に低い位置を任せるのは、この3枚が並ぶ時にはよく見られるやり方である。
ところが、今節はカゼミロがそこまで明確にポジションから逃げる動きは見られなかった。
画像のように、ほとんどポジションを変えずにプレーしていたのだ。
この違いは何を意味するのだろうか?
一つには、カゼミロが動くことで守備に問題を生まないようにするという考えがある。
カゼミロがポジションを外している時に速い攻めを受けると、最終ラインがすぐに晒されることになる。
デストの決定機のような場面が頻発することは避けなければならない。
セットプレーではなく普段の流れの中で、こうした守備になるリスクを負うのを嫌ったということだ。
もう一つがこの試合のポイントだと思うのだが、マドリーにはそもそもしっかりボールを持って組み立てる意図がなかったと思われる。
これまで見てきたように、マドリーはボール回収から速いタイミングで両サイドを使いたい狙いがあった。
そのためには、低い位置での手数は少ない方が良い。
ベンゼマに当てて、落としをインテリオールがサイドに展開するくらいのシンプルさこそ目指すべき形だ。
ボールを回収したところから、カゼミロに外れてもらってモドリッチとクロースが下りて、サイドバックが高い位置を取って、とやるのは悠長に過ぎる。
速い攻めを狙うから変形する必要もなかったというところではなかろうか。
もちろんプレスを受けることもあったのだが、そこは仕組みの工夫というより個人能力で何とかするイメージ。
だからモドリッチやクロースの個人技が見られる一方、カゼミロの豪快なパスミスも見られることになった。
ペドリがおらず、ガビとフレンキー・デヨングの組み合わせであればプレスは何とかできるという想定もアンチェロッティにはあったかもしれない。
個人能力でやれるところはやってしまう。今回はそのさじ加減がうまくいったことによって攻撃の狙いをよく表現できるようになったのだった。
狙い通りの先制
マドリーの先制点は、狙い通りの速攻から生まれた。
自陣エリア内でメンフィスからアラバがボールを奪ったところから、ビニシウス、ロドリゴとつないで、最後は駆け上がっていたアラバがファーのサイドネットに突き刺す素晴らしいシュートを決めた。
ビニシウスが下がっていたタイミングで右のロドリゴが最終ラインの向き合える位置にいたことはロドリゴ起用の理想的な形。
それを生かしたビニシウスのパス選択も見逃せない。
そしてアラバは加入後初ゴール。
これまでも攻め上がりや中盤への参加など、変化をつける動きをしていた彼だが、ここぞという場面で大胆な判断ができるのは、経験のなせる業だ。
ボールを持つコンセプトではなかったマドリーにとって、先制点の持つ意味は大きい。
縦に入れる意図は持ちつつも、バルセロナのプレスをいなす余裕が生まれる。
しかも狙い通りの形だったから、奪いに出ていくと同じような形を作られる不安をバルセロナに植え付けることもできた。
試合展開を考える上で、これ以上ない形での得点だったと言えよう。
コウチーニョはメディアプンタ
先述の通り前回好感触だったデストにビニシウスの番をさせて、守備負担が少ない状況でコウチーニョに右サイドの攻撃を活発にしてもらう狙いかと思ったが、実現したのは前者のみ。
このヒートマップを見るとわかるように、コウチーニョは中央寄りのポジションにいることが多く、ほとんどメディアプンタ。
左サイドに偏る攻撃を中央から整理しつつフィニッシュに絡むような役割となっていた。
大きく幅を取ってプレーしたいプレーヤーではないから、特性通りにやればこうなるのだろう。
その通りにやらせたということは、クーマンは右の手当てをせず、左への偏重を容認したことを意味する。
さらにいえば、それはファティを中心にした攻撃を突き詰めることと同義だった。
よって彼がピッチにいるうちに何とかしなければならない。
繰り返しになるが、これは負担が大きい。コンディションが戻る前に疲れてしまわないか、相手ながら心配になってしまう。
前半同様に左が起点であり終着点とわかっている形が続くこととなったから、マドリーは大きな変更は不要。
左での人のかけ方を変えずに対応が可能で、最後のところまではやらせなかった。
ペースを掴み、試合を締める
バルセロナの出方に大きな変わりがなく、守備の仕組みに手を入れる必要がなかったマドリーは、インテリオールも攻撃に出ていけるタイミングを多く見つけられるように。
モドリッチがベンゼマに落とした場面などは、ゴールラインの位置まで入り込んでいる。
コウチーニョが入っても左偏重が変わったわけではないことを見て取り、流れに慣れたことによって、マドリーの方が柔軟に変化し追加点の糸口を作るようになったのだった。
いくつかあった場面で決めきれていれば、もう少し早く勝負をつけることもできただろう。
中盤に降りていくプレーではピタリとマークにつかれて思うような仕事ができなかったベンゼマには、エリア内で決定的な仕事をしてほしかったが、今日は彼の日にはならなかった。
アンチェロッティは72分にロドリゴとバルベルデを入れ替え、右サイドの守備の憂いを断つ。
そして、74分にファティが交代したところで、試合開始からの一連の流れは終わった。
攻撃的変化を考えるにしても、クーマンにはルーク・デヨング、アグエロとフィニッシャーを増やしていくしか選択肢が残されていなかったのだ。
アディショナルタイムにはカウンター。アセンシオが持ち込んでシュート、シュテーゲンが弾いたところをバスケスが詰めて決着をつけた。
自陣で守っていたところから相手ゴール前まで走り切って、エリック・ガルシアの前に出たバスケスの走力は見事。
ずっと狙われていてストレスがかかる試合だったにもかかわらず、中央に入れると判断できる余力があったことに驚かされる。
彼がマドリーで必要とされるのは、こういうことができるからだ。
最後に
目指す形をピッチで実現するという点では互いにある程度できていたと思うが、相手の出方に合わせて柔軟に対応でき、選択肢も多かったマドリーがバルセロナを上回った。
バルセロナは最後の最後にアグエロが決めきり、フィニッシャーの重要性を示したが、それ以上のことができる時間は残されていなかった。
バルセロナは、このままでは狙いがほぼばれていて、展開の中で隠すこともできない試合が続く。互角の相手とは厳しい試合が続きそう。
デンベレ、ペドリが不在でファティも万全ではなかったことから、少なくとも攻撃には今以上の伸びしろはあるのだろう。
全て万全な場合には、ここまで左のファティに頼る格好にはならないのかもしれないが、そうできるのがいつになるかで、クラブを取り巻く状況は変わってくるのではないか。
対バルセロナという一点に絞ってみれば、マドリーにもまだ使える選択肢はある。
カルバハルが万全な状態になれば右サイドで攻守ともに役割を担ってもらえるし、この試合ではほぼやらなかった中盤の変形によるボール保持もある。
バルベルデ、カマビンガの起用でインテリオールの運動量を上げる形も考えられるだろう。
戦前の予想で言われていたほどに有利不利がはっきりし、点差がつく試合とはならなかった。
ふがいないという向きもあるだろうが、私はアンチェロッティの発言通り慎重を期したと言うべきだと思う。
バルセロナの出方を見て対応し、思わぬ落とし穴がないよう丁寧にやる。マドリーの大人な試合運びが光ったと評したい。