アンチェロッティは、負傷者の穴埋めのために普段と違うやり方を採用した。
策を弄して負けたと批判されており、アンチェロッティ自身も自分の責任と述べていた。
しかし、最近の傾向から見ると、路線としては大きく外していなかったのではないかと考えたので、その点について書いてみたい。
■マドリーの先発メンバー
GK:クルトワ
DF:カルバハル、ミリタン、アラバ、ナチョ
MF:カゼミロ;バルベルデ、クロース
46分:クロース→カマビンガ、カルバハル→マリアーノ、63分:ロドリゴ→アセンシオ、ナチョ→ルーカス・バスケス
モドリッチの偽9番。かつてはイスコが何度かやっていたが、モドリッチの形は見たことがない。
■バルセロナの先発メンバー
GK:シュテーゲン
DF:アラウホ、ピケ、エリック・ガルシア、アルバ
MF:ブスケツ;ペドリ、フレンキー・デヨング
71分:フレンキー・デヨング→ガビ、オーバメヤン→メンフィス、80分:デンベレ→アダマ・トラオレ、86分:アルバ→アウベス、ペドリ→ニコ
アラウホが右ラテラルに。
前回対戦の頃の文脈
リーガ第10節の前回対戦では、混乱していたバルセロナに対してもマドリーはきちんとリスペクトした姿勢で臨んでいた。
アンチェロッティの「猫だと思ってライオンと戦うことは避けなければならない」という発言が、この考え方を端的に表している。
実際の狙いは、両エストレーモであるビニシウスとロドリゴが守備ブロックに参加する4-1-4の形からの速攻で、この形から手数をかけずに速攻でフィニッシュに繋げようとするアイデアがうまくはまった。
バルセロナが右サイドから脅威を作れずマドリーの守備の狙いが絞りやすかったことと、ロドリゴとビニシウスが守備参加していてもサイドを駆け上がってくれる確実性によって、マドリーが狙う通りの試合展開とすることができたのだった。
「守備から入って素早く仕留める」というのは、対バルセロナの定石通り。
ただ、この試合においては前段があった。CLシェリフ戦、エスパニョール戦の連敗である。
シーズン開始当初は、ビニシウスがいきなり輝きだしたこともあって複数得点での勝利を重ねていた。
序盤の好調は、試合終盤まで得点できない試合が多かったジダン期からの転換を明確にしたもので、多くのマドリディスタを喜ばせたが、この2試合で冷や水を浴びせられることに。
アンチェロッティものちに述べていたように、エスパニョール戦の敗北を契機に、下がって守る形を重視して整えていくこととなった。
バルセロナ戦はこの変化の始まりの時期に位置している。
よって、この試合での選択は、バルセロナに対する定石ということに加え、守備を整えることを考え始めたタイミングもあってのものだったと捉えることができる。
最近の文脈
ここから波に乗ったマドリーだったが、年明け以降にペースが落ちた。
リーガ第22節ではエルチェと2-2で引き分け、アスレチックに敗れコパデルレイは敗退。
23節グラナダ戦こそ1-0で勝利したものの、ビジャレアルとは引き分け、PSGとのCLはアウェイで0-1と、ロースコアで競り負ける試合が増えていたのだった。
年が変わり、移動が長いスーペルコパが終わってからのペースダウンは前回アンチェロッティ期の失敗を思い起こさせる。
前回ここから全てを失った経験を踏まえ、てこ入れを図る必要があると判断するのは自然な流れで、実際アンチェロッティは26節ラージョ戦前に次のように述べていた。
エスパニョール戦で負けた後に低い位置で守るようにし10連勝したが、低い位置で守るとカウンターをすることが難しくなる。ボールを持っていない時に、ブロックを作るけれども、より高い位置でプレスをかけて試合をコントロールできるようにすることを考えている。
リーガで格下に引きこもられ、ロースコアの試合に持ち込まれるのは辛いのだが、決定打はPSG戦第1戦の前半において、ほとんど一方的に自陣に押し込まれ、チャンスさえ作れなかったことだろう。
ベンゼマとビニシウスを中心としたカウンターを狙っても、ビニシウスが警戒されシーズン序盤ほど好きに動かさせてもらえなくなっていた。
この路線を続けると、ピンチも少ないがチャンスも同じように少なくなる。
ジリ貧になるのを避けるためには、スペースがある状態で攻められる試合展開を相手に強いる必要がある。
相手にチャンスがあると思わせ出てきてもらうために、自分たちがボールを持って押し上げ、守備時も前プレスを敢行する。
これまでのやり方よりも隙ができるのを承知の上で、こうした形を志向していたのがこの2か月ほどの経過だ。
意外と流れを汲んでいた
アンチェロッティは、モドリッチの偽9番について、彼が基点となることでバルベルデ、ロドリゴ、ビニシウスが裏のスペースを使う意図だったと述べていた。
モドリッチが下がることでポゼッションを安定させつつ両翼の速さを生かす。
守備時も普段通りモドリッチが追ってくれれば、両翼の参加も計算できるから、うまくいけば引っかけられるし、ダメでも攻め合える。
モドリッチの起用法が目を引くから、いかにも奇策と捉えられるし、結果としてうまくいかなかったから「策を弄して失敗した」という結論になってしまいがちだ。
しかし、最近の傾向と比較すると、根本の考え方を大きく変えた構成ではなかったと言えるのではないか。
最近うまくいっている自分たちのやり方をやり通そうとしたのだと理解すると、バルセロナの出方を前提として自分たちのやり方を考えた前回対戦時とは対照的な考え方だったということができるだろう。
ローテーション不足とは言うものの
試合後にアンチェロッティが批判されたもう一つのポイントは、ローテーションしてこなかったから大きな試合でポジションが違うモドリッチを起用せざるを得なかったのではないか?という観点からの「ローテーション不足」であった。
アンチェロッティはローテーションを好む監督ではない。
14、5人の戦力が扱いやすいと考え、かつ序列も重視するタイプだ。
だから、ローテーションしてこなかったという指摘は確かに当たっている。
一方で、ローテーションして使いたい戦力とは誰を指すのだろうか?
バルベルデ、カマビンガ、ロドリゴはわかる。ではその次は?想像するに、彼ら以外はかなり意見が割れるのではなかろうか。
例えばベイルについていうと、シーズン序盤には起用されていたのだから、初めから除外されていたというわけではない。
実績から言えば彼やアザールに期待したいのはやまやまだ。だが逆に言えば、実績があってもこれほどまでに使われない序列となっているのは、コンディションやモチベーションに問題があるからだと判断せざるを得ない。
ローテーション不足と指摘されてはいるものの、多くの人を納得させられるサブはそう多くなく、結局のところ信頼できる戦力はアンチェロッティが扱いやすい人数くらいに収まってしまう。
使っていれば主力の競争相手となって、違ったシーズンになっていたかもしれないと想像できるプレーヤーそのものが少ないのだ。
そうしたチームとなっているのは、エンバペ級の移籍のためにクラブがやりくりした結果であって、アンチェロッティのマネジメントに批判を収れんさせるのはお門違いであろう。
今回限りの格安レッスン
残り10試合を切って2位と勝ち点9差がある状況なので、普通にやれば優勝は問題なく達成できる。
タフな優勝争いの中の試合ではなく、捲土重来を期すバルセロナに比べるとモチベーションの面で差があったことは否めない。
それはELから中2日だったバルセロナの方が良く走っていたことにも表れているように思う。
このような状況だったにもかかわらず、「まあ仕方ない」という雰囲気となることはなく、無残に敗れたと評されるのがバルセロナとの試合なのである。
CLの劇的勝利でマドリーがマドリーたる所以を示した一方慢心もあったとすれば、その直後にこれほどまでに鼻っ柱を折られるのは良いレッスンになった。
普段のバルセロナ戦でこんなことだと授業料はとても高くなってしまうが、今回に限っては”重要でない”バルセロナ戦。そこで完璧にやられて教訓を得られたならば、授業料は安くて済む。
ビニシウスはアラウホに完璧に抑え込まれてまた壁に突き当たったし、ロドリゴ、カマビンガは序列は上の方にいても、まだまだであることを示された。
今後を担うべき彼らが越えなければならないハードルはこれなのだ。
何となくやれそうという根拠なき自信があるのは大事。
だがそれが慢心に変化してはいけない。
きたるチェルシー戦、もちろんリーガの各試合に向けても、良い薬になったのではないだろうか。
最後に
代表戦明けはアウェイでセルタと対戦。
そのミッドウィークにCL、アウェイでのチェルシー戦が控えている。
敗戦の後代表戦でいったん流れが切れるのは良かった。
ラストスパートに向けて仕切り直し。でも教訓を忘れずにいきたい。