マドリーの今シーズンは、リーガ優勝、CLベスト16敗退で終了となった。
新型コロナウイルス感染症の流行により長期の中断を挟んだ未曽有のシーズン、マドリーはどのように変化していったのだろうか。
いくつかのポイントで振り返る。
■負傷
シーズン当初の問題は、負傷者が 絶えなかったことだ。
入れ替わり立ち代わり負傷者が出て、ジダンはメンバーを固めることができなかった。
そんな中でも、ジダンは戦力の見極めを淡々としていった。
序盤に得た挽回の機会ではまらなかったハメス、ベイルはその後もあてにしないこととしていたし、ヨビッチもマリアーノ以上ベンゼマの控え未満という取り扱いに。
もともと少数精鋭を好むジダンは、ここでも信念を曲げずに取り組んだ
負傷による試合ごとのやりくりはもちろん行っていくが、各プレーヤーの立場を変えるというほどではなかった。
逆に、穴埋めで使ってみてうまくいかなかったなら、それで確信を持ってその序列を固定していったのだった。
■ばらばらな守備、足りない攻撃
ピッチでの問題の筆頭は守備だった。
前から取りに行こうとして、インテリオールだけでなくカゼミロまで前がかりとなることが多く、最終ラインが晒される状況がしばしば。
それなのに守備強度が高くないプレーヤーもいて、外されるか裏に蹴られて危険な場面を多く作られることになっていた。
チームとしては、前から行くことを意図していたと思われる。
ところが、それに合った形が見いだせず、これまで通りの構成で臨んでうまくいかないということを繰り返した。
攻撃もうまくいかなかった。
ロナウドがいた頃は、中盤以下でしっかり形を作って前線にボールを届ければ、個人の能力で上回ってゴールできていた。
そのイメージのままのやり方でプレーすると、前線が相手を上回れない。
こうした問題を明確に突き付けられたのはCLグループステージのPSG戦だ。
守備では中途半端に取りに行き、攻撃では前線が孤立してサポートがいないというちぐはぐな内容。
ハメスはここでほぼ完全に信頼を失い、クロースとカゼミロもこのままの内容では限界のように見受けられた。
こうした問題を一応の解決に導いたのは、バルベルデだった。
当初はカゼミロの控えと目されていた彼は、9月下旬からまとまった出場を得ると、インテリオールの位置で覚醒。一気にモドリッチとクロースに割って入るようになった。
彼の良さは、運動量の豊富さ。また、それに支えられて、守備強度は維持しつつも、高い位置に出ていってフィニッシュにも関与できる仕事の幅の広さだ。
組み立てに特化していたそれまでの中盤ではなしえなかった前線のサポートと、イスコやハメスでは難しい守備の規律維持を両立させることができるバルベルデの登場によって、序盤の問題は少しずつ解決に向かっていった。
序盤のヒーローをもう一人挙げるとすれば、ロドリゴを挙げたい。
先にデビューしていたビニシウスは苦しんでいた。同じタイプかと思われていたロドリゴも、同様に難しい時期を過ごすかと思われていたが、デビューしたオサスナ戦でいきなりゴール。
ジダンの進退がかかっていたCLガラタサライ戦ではハットトリックを記録し、チームを救った。
アセンシオが負傷でいなかった右のエストレーモは、その他の面々が帯に短し襷に長しで固定できていなかった。終盤こそペースが落ちたものの、一時期は彼がファーストチョイスになっていたことも。苦しんだ前線を支えてくれた。
初戦ではなすすべなく敗れたPSGに、グループステージ第5節では上回るところを見せての引き分け。詰めの甘さはあったが、この間の改善を印象付けた。
■アザール
目玉となるはずだったアザールが負傷を繰り返したのは大きな誤算だった。
CLグループステージ第5節あたりまでは復調してきており、彼にボールが収まること、そこから運べることを計算に入れて攻撃が考えらえるようになっていたが、ムニエのタックルにより負傷すると、2月まで復帰できず。
2月から彼のフィットを待つ時間はないと思われたことから、事実上彼抜きでのチーム構築をすることになった。
彼は30ゴールを期待すべきタイプではない。
だから、数字に残る結果だけで見るのはちょっと酷だ。また、負傷も相手あってのことでやむを得ない。
とはいえ、体重に関する報道も相次ぎ、プレーよりコンディション管理に問題があるのではないかという印象がついたのは残念だ。
ベイルの例でも分かるように、ジダンは計算が立たなければさっさと見切りをつける。
アセンシオ、ビニシウス、ロドリゴがフィットしたらアザールの序列も怪しくなってくる。
まずはフル稼働できる状態を保てるかが、アザールの今後の第一の課題だ。
■中断まで~
年末から年明けの頃は、状態の良さは見せつつ結果が続かないもどかしい時期だった。
クルトワのヘディングがあり土壇場でおいついたバレンシア戦の後、カンプノウでは優勢ながら得点が挙げられず。アスレティックとも引き分けて、勝ち点3を積み上げられなかった。
今のマドリーは、大量得点は取れないから、守備が持ちこたえる必要がある。
中断明けとは異なり、このころはそこまで割り切れていなかったし、守備の規律もさほど高くはなかった。
メンバーを替えればコパのラ・レアル戦のようにやられていたし、マドリーにしては守備を頑張っているというレベルで、鉄壁というほどではなかったのだ。
2月、CLではシティに逆転負け。
これも、先制しつつ持ちこたえられなかった例と言えよう。シティほどのチームの攻撃に対抗できるとの確信がなく、交代を含めて失敗してしまった印象である。
一方、バルセロナに勝てたのはプラスの材料だった。
シティ戦では失敗した守備がこの試合では粘れた。うまくいかなくても要所は抑えること、クルトワの信頼感など、中断明けの流れに繋がる要素が見られた試合である。
また、ビニシウスがただのドリブラーから、守備もできてゴールにも絡める現代的なプレーヤーになりつつあることを強く印象付けた。
■中断明け~守備の完成
それなりに改善してきてバルセロナに勝ちながら、直後のベティス戦を落とすという悪い流れで中断へ。
中断でコンディションが下がると思われ、バルセロナとの勝ち点差を詰められるだろうかと不安が強かった。
ところが、中断明けのリーガでは、それまでと打って変わって抜群の安定感。
中断前に良くなりつつあった守備を完成させ、11試合のうち6試合でクリーンシートを達成した。
前線の守備強度が高く、さぼらないから穴ができない。奪って速攻の形で意思統一し、先制したら下がって守る。この形が固まったことで、取りこぼしの少ない計算できるチームとなったのだった。
シーズン序盤にはコンディショニングで疑問符がつけられていたフィジカルコーチのデュポンは、中断中と中断明けのコンディションの良さで一気に評判を覆した。
モドリッチは全盛期を取り戻し、中盤を牽引。バルベルデが前半戦のようにプレーできなくても、彼が補完して有り余る活躍を見せてくれた。
前例のない中断があっても、こうして準備がよくできたことは、コーチ陣による素晴らしい仕事。
本来なら復帰できなかったはずのアザール、アセンシオもピッチに帰ってきて、成績とともに明るい話題が多い終盤戦となった。
■CLレベルにはあらず
こうした中、第1戦に敗れていたシティとの第2戦で、マドリーは古くて新しい課題を突き付けられた。
準備されたプレスに対抗することができず、低い位置で難しいプレーを強いられて失点を重ねたのである。
マドリーのプレスはエデルソン込みの組み立てで容易にかわされ、チャンスは数少なく、1点がやっとだった。
過去には、ドルトムントやアトレティコといった相手に同じように苦しめられ、プレス回避の形を磨いてきた。カルバハル、モドリッチやクロースはそうした経験を持つプレーヤーである。
しかし、ここまでのバランス調整により、そうした相手への経験が生きる形を作れなくなってしまった。
大量点が取れないマドリーにとって、こうした相手は辛い。
守備の強さは残しつつ、いかに点を取るか。その両立の道を考えなければ、このレベルは倒せない。
CLでは、リーガタイトルを狙える安定感をさらに発展させていく必要があるということだ。
■「普通に強い」をどう進歩させていくか
RPGに例えるなら、近年のマドリーは、ロナウドという特殊な武器を前提に考えるしかなかった。
この武器は「守備力を大きく下げるが、攻撃力がしばしば大幅に増強される」という特徴があり、ボス戦ではものすごい威力を発揮することがあった。
その一方で、フィールドの敵に先制されるとあっさりやられることもあるバランスにならざるを得なかったのである。
今シーズン序盤の苦境を経て、こうしたマイナス効果のない、無難な装備で身を固めることができたマドリーは、フィールドでは安定して戦えるようになった。
この路線が継続できれば、来シーズンも不意の失敗は少なくなる。勝ち点の取りこぼしが減るので、リーガは十分に狙えるだろう。
その分、ボス戦と言うべきCLで戦うためには、基礎的なレベルアップで能力を底上げする必要がある。
シティ戦は、両チームの能力差が如実に出た結果だった。今はそれを一発勝負で覆せる武器を持っていないのだから、淡々とレベルを上げるしかない。
今シーズンは、近年のマドリーにはなかった「普通の強さ」を得たシーズンだった。
その良さがリーガタイトルという形で報われ、また、レベルの低さをCLで突き付けられた結末は決して悪くない。
なぜなら、進むべき方角がはっきりわかったからだ。
あとは、その道を進んでいくのみである。