‘13~’14シーズンのマドリーは、リーガこそ3位に終わったものの、コパでは優勝し、10度目のCL制覇でシーズンを終えた。
リーガでは要所での試合、特に上位2クラブであるアトレティコとバルセロナに結局勝つことができず、最後には優勝争いから脱落したが、コパとCLのトーナメントでは勝負強さを発揮したと言える。
12年ぶりのCL優勝によって記憶されるであろう今シーズンをいくつかの期間に分けて簡単に振り返り、総括としたい。
■4-2-3-1を引き継いで
アンチェロッティは当初、モウリーニョ期の基本の形だった4-2-3-2を引き継いでいった。
モウリーニョ期の終わり頃にはマンネリ感が漂っていたのだが、監督が替わって心機一転といった印象で、プレシーズンの段階ではボールを持ってアイデアが出そうな、面白い攻撃を作れそうな雰囲気が感じられた。
移籍期間中の8月からリーガは開幕し2節まで進んだが、ベイルとの契約という大きな変化を受けて、今後アンチェロッティはどうチームを作っていくのだろうという不安と、プレシーズンでの手ごたえが混ざった状態で9月を迎えることとなった。
当初のドブレピボーテは、シャビ・アロンソを負傷で欠いていたため、ケディラとモドリッチがファーストチョイス、次に新たに加入したイジャラメンディ、そしてカゼミロという序列。
3のところはベイルが負傷でコンディションが安定せず、ディマリアが右に入って、ディマリア、イスコ、ロナウドという並びが多かった。
プレシーズンでは良い予感を持たせる内容だった個の形だが、シーズンがスタートしてしばらく経つと、オフザボールの運動量が不足し始め、選手の距離が遠くなって絡みが減った。
その結果、守備ではボールを奪えなくなり、攻撃ではボールを動かしにくくなる。これではモウリーニョ期の終わり頃とさして変わらない。
モドリッチは昨シーズンよりは良くなっていたが、そのパートナーが定まらなかったこともこの時期の大きな問題で、モドリッチが消されるとボールが運べなくなることが多かった。ケディラでは効果的なパスは出ないのだが、イジャラメンディは今よりも信頼がなく、カゼミロはさらにその次。ケディラの動きに期待する他ないが、そうするとバランスを誰も取れないという悪循環。
試合によっては良いパフォーマンスが見られたものの、次の試合では動きが悪くぱっとしないということの繰り返しで、まだまだ新たなチームとなって間もないシーズン序盤とはいえ、不安が募る時期だった。
こうした不安定さがはっきりしたのは、リーが第7節のアトレティコ戦。
マドリーの中盤は、モドリッチがベンチスタートでケディラとイジャラメンディのドブレピボーテ、ディマリアとイスコがその前に入り
、ロナウドはトップ気味の起用だったが、攻撃を作ることが全くできず。
プレシーズンの良い内容を作る大きなポイントだったボールを受ける動きが少なく、ピボーテの位置で手間をかけずに両サイドに振ることもあって、ボールが前に進まない。こんな形で崩れるほどアトレティコの守備はサボらないし、組織としてもしっかりしている。
うまくいかない中、ディマリアが低い位置で奪われてショートカウンターでジエゴ・コスタに決められた失点の形も、アトレティコにとっては最も得意とするところで、一番やってはいけないもの。
攻守両面にわたって、チームとしての完成度の差がはっきり現れていた。
10節のバルセロナ戦でも敗れることになるが、内容が悪くても長い間とにもかくにも負けていなかったアトレティコとのデルビーで、ここまでの完敗を喫したことは大きな衝撃だった。
■アンチェロッティの4-3-3で副庁
アンチェロッティが4-3-3を使いだしたのは、バルセロナ戦以降。
11節セビージャ戦でシャビ・アロンソが負傷から復帰し招集され、12節ラージョ戦で、シャビ・アロンソ、モドリッチ、ディマリアの3人が中盤を構成する形が見られた。
バルセロナ戦ではセルヒオ・ラモスを底に置くイレギュラーな形だったが、シャビ・アロンソの復帰以降、ディマリアをインテリオールに組み込んでの4-3-3はしばらく定着。
こちらで書いたように、シャビ・アロンソが帰って来たことで、中盤の探索は一応の解決を見たと言える。
このアンチェロッティの4-3-3がモウリーニョのものと異なるのは、攻撃を前線の3枚に任せがちにしないから。
ディマリアとモドリッチが低い位置のサイドに出て、サイドバックがその前に位置することで、後方のポゼッションの安定、パス出し、前線の人数の確保を可能にした。
特にディマリアは、後方でも組み立てをし、左サイドに出て行ってロナウドやマルセロと絡み、そして守備にも戻るという仕事を継続してやっていた。守備面で戻ってくる計算が立つことは本当に大きく、アンチェロッティのこの形を可能にした大きな要因のひとつは、彼の運動量と言って差し支えない。
最初はアトレティコ戦で失点のきっかけとなったような後方での不用意なプレーが見られ不安もあったのだが、継続して使われる中でうまくこなれていった。
ディマリアを本職であるサイドで起用しなくても良くなったのは、コンディションが整わなかったベイルが徐々に出場時間を延ばせるようになったことと、ヘセが信頼を得るようになったことと関係が深い。彼らとロナウドの3人(それでも1人不足ではあるが)でサイドを回せるようになって、ディマリアが自由に使えるようになった。
アンチェロッティが採用した4-3-3でマドリーは復調。
CLグループステージはしっかり1位で突破、トーナメント初戦のシャルケ戦も危なげなく勝ち抜く、コパ準決勝では第1戦で3点を取り勝負を決めることができた。
ただ、26節アトレティコ戦引き分け、29節バルセロナ戦もベルナベウで敗戦と、トーナメントでの良い流れをリーガでは維持できず。直接対決に勝てなかったことで、リーガのタイトルから遠ざかる結果になってしまった。
■続出する負傷者
新たな形で勝利は挙げていたマドリーだったが、負傷が絶えることがなく、厳しいやり繰りを強いられる時期があった。
ケディラは11月の代表戦で右膝内側側副靭帯と前十字靭帯の断裂の重傷を負った。シーズンの最後には復帰を果たしたが、後半戦のほとんどを棒に振ることに。
アルベロアも26節アトレティコ戦以降長期離脱を強いられた。この間、マルセロもコンディションが良くなく、サイドバックの層は非常に厳しくなった。
さらにはバランも以前負傷した膝の状態が思わしくなく、思うように起用できなかった。
こうしたことから、最終ラインはいるメンバーを組み合わせながら凌がざるを得ない状況になり、ギリギリの調整が続くことに。
前線ではベイルが徐々にコンディションを上げてきた一方、CLシャルケ戦の第2戦でヘセが右膝前十字靭帯を断裂し、シーズン中の復帰ができなくなった。
カンテラーノとしてベイルにポジション争いで対抗し、出場時間を得てゴールも挙げていただけに、本当に残念な負傷だった。チームとしても、せっかくサイドのめどが立ってディマリアを中盤で起用したのに、またやり繰りに頭を悩ませなければならなくなってしまった。
終盤にはベンゼマ、ペペ、ロナウドといった重要なプレーヤーも離脱することとなり、まさに満身創痍。
ただ、負傷者が出た分、コエントラン、イスコをはじめとする面々がうまくその穴を埋めた。このあたりの用兵はアンチェロッティの素晴らしいところ。控えのコンディションはもちろんながら、彼らの特長も生かしてチームを微調整できたことで、人数が足りない時期を何とか乗り切れた。
■4-4-2で安定
4-3-3で一定の成功は収めたマドリーだが、この形も万能とはいかず、ディマリアとモドリッチを抑えられると攻撃は難しくなる。また、ディマリアが出て行った後、戻りきる前に速攻を受けると、アンバランスになっている守備陣では対処が難しいということも起きてしまう。リーガ第26節のアトレティコ戦では、コパでの反省をきっちり生かされ、彼ら2人を抑え込まれた。
守備の問題はマドリーに常につきまとう。4-2-3-1ならば8人から9人で守れるはずだが、ロナウドやイスコの計算が立たないと6人や7人となるし、サイドに戻らないプレーヤーがいるとバランスが悪くなってマークがずれる原因になる。
4-3-3でも、4-5で守れればいいのだが、前線が戻ることを計算はできないので、アンバランスな6人や7人になりがちとなってしまう。
アンチェロッティは、守備字の形を4-4-2とすることでこうした問題の解決を図った。
守備時はディマリアがサイドに出て、ベイルと両翼を作り、中央にシャビ・アロンソとモドリッチとするのが基本。ロナウドやベンゼマは相手のピボーテのパスコースを限定しつつカウンターに備えられる高さにいることに。
ベイルが戻りきらずに失点した29節バルセロナ戦のようなこともあるにはあったが、4-4ができていれば両サイドの人数は足り、バランスは良い。
攻撃のためのポジション取りから、守備のために戻るべき形がはっきりし、人数をかけて守ることができるようになったことで、特にトーナメントでの戦い方が安定した。
コパ決勝ではロナウドを欠いており、ベイルが前線に入って同様の形を機能させたし、CL準決勝のバイエルンとの2戦でも4-4-2は素晴らしい結果を導いた。
ベイルが出場を重ねるにつれてしっかり戻るようになったことで、4-4の部分のバランスを取れるようになり、守備が安定したと言える。
ベイルがロナウドのように守備放棄していれば、この形は絵に描いた餅になっていた可能性が高く、シーズンが深まる中で彼がフィットしていったことは本当に大きな出来事だった。
もちろん、コパ決勝でのゴラッソのような独力での突破も重要なのだけれど、守備に戻ることを厭わない彼のプレーは、チームの設計を考える上で大いに助けになったはずだ。
シーズン当初、ベイルがここまでチームのために動くとは思ってもみなかった。ロナウドとともに前線に居残るなら守備はいよいよ人数が足りなくなるし、そうなるならばディマリアを継続して使うべきと思っていた。
コンディションの問題から出遅れ、チームに入れずボールを引き出す動きが少ない時期もあったが、シーズン終盤にはチームのために動いてくれるプレーヤーとして貢献してくれた。
ディマリアも慣れないポジションでらしさを失わず、アンチェロッティの4-3-3や4-4-2を作るにあたって重要な役割を果たした。大きな変貌を遂げて、モウリーニョ期からは想像もできないような幅広い仕事をこなしてくれた。
彼らに対する当初の私の見立ては完全に間違っていたことを潔く認めよう。
■最後に
4-3-3でのアンバランスさと4-4-2のきれいなバランスの調合によって、マドリーはコパとCLの2つのトーナメントを制した。12年ぶりのCL制覇については、ごく最近のことでもあるし、再び書いたところで当時の高揚を表現することは到底できないのだから、改めて書く必要はないだろう。
これまで見てきたように、今シーズンのマドリーはいろいろな形を使い、その時々に起用可能なプレーヤーによって微調整しながらシーズンを戦ってきた。自分の形に当てはめるというより、チームに合わせて形を作るアンチェロッティだからこそのチーム作りであり、戦い方だった。
「モウリーニョが去った後のクラブは低迷する」というジンクスなどどこへやら、アンチェロッティはモウリーニョの残したチームを上手に生かし、大きな仕事をやり遂げた。
彼の功績は、最初のシーズンということを考えると信じられないようなものだ。
新たなシーズンに向けて移籍はあるだろうが、彼ならばうまく調整してチームの形を作れるだろう。こんな素晴らしいシーズンを終えてなお、まだ良くなるという期待を持てる監督とチームだ。
気は早いが、今のうちから楽しみにしておきたい。